1 再会

大阪市天王寺区

数年分の退職金で、友人たちへの借金と飲み屋のツケを払い終えると、手元に残ったおカネは、たかが知れていた。

「さてと……」

騒音と公害を撒き散らしながら行き交う車たちの上にかかる陸橋――阿倍野橋。

ラッキーストライクに火をつけ、夜空を見上げた。

「これから、どうしようか」

ため息混じりに煙を吐きだす。

自分の意志で辞めたにもかかわらず、ボクは、文字通り、路頭に迷っていた。次の仕事を決めてから辞めたわけではなく、何か他にやりたいことがあったわけでもない。ただ、なんとなくすべてがイヤになり、疲れはて、気がつくと世間は不況だというのに、上司に辞表を提出していた。

彼女ではなかったけれど、時々ベッドを共にしていた会社の女の子は「バカみたい」と言って、ボクから去っていった。別に彼女に食わせてもらおうなんて考えていたわけでもなかったので、それはそれでよかった。

同僚や友達にも「ホンマにイ、なに考えとるねん。アホぅ」と愛想をつかさる始末。

千葉の両親には、しばらく内緒にしておくことにした。言えばきっと「帰ってこい」と言われるだろうし、親戚中の話題になるのが目に見えていたからだ。

本当に、何で、理由もなく辞めちゃったんだろう、という後悔と絶望感が、どんよりと暗鬱な雲となって、ボクの体を包み込んでいた。

そんな具合にいろいろ考えていると、ストリートパフォーマンスの素人ギターの音色が、ボクをこっちの世界に呼び戻した。

ため息をつき、陸橋を降る。

このまま真っすぐアパートに帰る気にはなれない。目的もなくぶらりと、パチンコの音がジャラジャラ響くネオン街を歩いていた。

ピンク色のキャバクラの大きな看板をかかげた老人の横を通り過ぎ、信号を渡る。しばらくいくと、本屋の入り口が目についた。

本屋に来るなんて本当に久しぶりだ。『旅行関係』のコーナーに、ボクは立っていた。前の方は、ルーズソックスの女子高生やOLたちが陣取っている。何気なく、彼女たちの後ろから、ガイドブックをながめていた。

やがて、ボクは、いつの間にか一冊の本を手にしていた。