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3 刻まれた文字 次の日、ジョナサンとボクは彩香の勤めていた美容室へと車を飛ばした。ジョナサンの車は、塗装がかなり剥げ落ちたシボレーだ。 店は、ジャパニーズ・ビレッジ内にあった。オーナーは日系人だ。彼に彩香のことを質問すると「そんな名前の子は、うちじゃあ働いていない」と言われた。 ボクは彩香のネームカードを取り出し、オーナーに見せた。 「確かにこれはうちのネームカードと同じだ。でも居ないものは居ないんだよ。疑ってんなら、今日ここにいる子たちが、うちの従業員全員だから一人ひとりに確認でも何でもしてみなよ」とまで言われた。 店の中には、日系人であろう女の子たちが五、六人いた。時々、いぶかしげにこちらを見ている。 彩香はボクにウソをついたのだろうか? ついたのなら、それはなぜ? いいかげん訳が判らなくなってきた。 礼を言って、ボクたちは店を出た。 ボクは、胸元のポケットから彩香の携帯を取り出し、見つめた。 「いったい、どういうことなんだ……」 ウンザリとした困窮の言葉を吐いた時、携帯に刻まれている不思議な図柄に、ジョナサンが気づく。 「ちょっと、見せてくれないか?」 奪うようにボクの手から電話をとると、しげしげと図柄に見入り「これは……ひょっとして、ヒエログリフじゃないのか!」と喫驚。 「ヒエロ、グリり……?」 「この人の足やワシのような模様は、ヒエログリフ――古代エジプトで使われていた文字だ。私も詳しくはないが、博物館で一度、これと似たような文字が刻まれている石版を見たことがある。たしか、ロゼッタストーンと言ったと思う。私が見たのはレプリカだったが……」 「読めるの、ジョナサン?」 「いや、全然。私は学者じゃない。しかし、彼女なら……」 「彼女って?」 「オベリスク・ホテルのオーナーさ。彼女の祖先はエジプトからの移民だ。私の古くからの友人だ」 「オベリスク・ホテルぅ!」 「知っているのかい?」 「――って、ボクが昨日まで泊まっていたホテルだよ、そこは」 「何たる偶然だ! あそこのホテルの看板は、私がオーナーに頼まれて描いてあげたんだ。金持ちの日本人がよく来るように、と言われてね。なかなか良く描けていただろう」 自慢げに胸を張るジョナサンに、ボクは鈍く頷いた。「こ」と「っ」の字が逆のことは黙っておくことにした。あの趣味の悪い日の丸の瞳もジョナサンのアイデアなのだろうか? 「オベリスク・ホテルのオーナーって、エジプト人だったんだァ」 ボクは少し感動した。 「ここからすぐ近くだ」ジョナサンは興奮気味に言った。「行けば、何か判るかもしれない」 そう、確かに近くだ。もうここからホテルの看板は見えていた。 セピア色の日の光が差し込む部屋。中央にあるテーブルには、黒のテーブルクロス。そして、その上には水晶球がのせてある。 「ヒエログリフ文字よ」 携帯の文字を一目見るや、神秘的な瞳は静かに断言した。祖先がエジプト人という言葉の響きが、彼女の魅力をいっそう際立たせている。 「間違いないわ、ここに王の名前も書かれている」 「そんなことまで判るんですか?」 「ええ、このいくつかの文字を丸のようなもので囲んでいるでしょう。これはカルトゥーシュといって、ファラオの名前を記載するときに用いるものなの」 「ファラオ?」 「古代エジプト王のことよ」 「で、何と書かれているんだい?」 ジョナサンが急く。 「そこまでは判らないわ」 「へっ?」ボクは調子っぱずれな声を出した。「読めるんじゃ、ないんですか? エジプトの文字なんでしょう?」 「まさか。エジプト人のみんながヒエログリフを読めるわけではないわ。それに私は遠い祖先がエジプト人なだけよ。これは、昔のエジプト人が使っていた文字なの。今言ったことは、雑誌でちょっと勉強したぐらいの知識だわ。でも、タロット・カードならお得意よ。雑誌で古代エジプト占法を本格的に勉強したから。的中率は八十五パーセント以上よ」 投げ出すように携帯をテーブルの脇に置くと、彼女は水晶球に目をやり、恍惚的な瞳になってカードをきり始めた。「占ってみる?」 「今はいい。それより、この文字が読める人の心当たりはないのか?」 「いるわ」 「紹介してくれ。我々は急いでいるんだ」 「ちょっと遠いけど、行ってみる?」 「どこだ?」 「サンホセ市にある古代エジプト博物館」 「ああ、そこなら私も行ったことがある。そこの館長か誰かと知り合いなら、その人を紹介してくれ」 「じゃなくて、その隣にある古代エジプト大学アメリカ校のメルスおじさま――教授よ」 |
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バスに揺られて夕焼けを眺めつつ、ボクは米国に来てからのことをいろいろと思い出したり、考えたりしていた。 変な言い方になるけど、彩香がいなくなったとき、ボクは心のどこかに安堵感めいたものを覚えた。もちろん、心配というか、安否を気遣うと言えばいいのだろうか、そういった思いもあった。今もある。だけど、心のどこかで、居場所みたいなものを見つけて、ホッとしている自分がいることなのも確かなのだ。目的をみつけた、と言ったらいいのかもしれない。 つまり、彼女がイナクナッテクレタオカゲで、ボクがここにいる存在理由ができたのだ。そういう理由があるおかげで、ボクはボク自身のことを考え込まずにすんでいる。それプラス「彼女を探し出さねば」という使命感を勝手に持つことによって、ボクに存在価値が出てきたわけだ。 もちろん、いつまでもここにいるわけにはいかない、といった焦燥感もある。けれど、彩香がイナクナッテクレタオカゲで、カノジョヲサガスタメニあちこち動き回っていると、あまり深くそのことについては考えずにすむのだ。それが安堵感につながっているのだろう。こういう考え方は、卑劣だと思う。でも、それがボクの本音なのだ。 フリスコ(サンフランシスコ)から別のバスでゴールデンゲート・ブリッジを渡り、更に北上したところにサンホセ市はある。 サンホセに着いたときには、すでにあたりは真っ暗だった。メルス教授への面会は明日にして、ボクたちは町外れのモーテルに泊まることにした。 「ジョナサン、彩香は見つかるだろうか?」 シャワーを終えたガウン姿の彼に、声をかけた。 「見つからないかもしれない、と思って行動するよりも、見つけだす、と思って行動した方が精神衛生的にはいいのではないかな」 「それって、プラス思考ってやつ?」 「なんでもかんでも良いことばかりを考えろ、と言っているわけではないのだよ。私は、先行きの判らないことに対してはポジティブな面に目を向けておけばいいのではないか、という意味で言ったまでなのだが」 「プラス思考と、どう違うんだい? そのポジティブな面に目を向けるって」 「いいかい、ミスター森岡。物事というのはすべて二つの面をもっているんだ。たとえば、私たちが普段使っている1ドル札にしても表と裏があるだろう。表だけでも成り立たないし裏だけでもダメだ。自然界でも、夜があって昼がある。相反するものふたつがひとつになって、はじめて成立しているのだよ。どちらかが欠けていても成り立たない。人生にしてもそうだ。時には苦しいことや辛いこともあるけれど、反対に楽しいことや嬉しいこともあるんだ。ずっと苦しいままの人生なんてありはしないし、最初から最後まで楽しいことだらけの人生なんてものも、ありはしない。イヤなことや辛いことを味わっているからこそ、楽しいことや嬉しいことを知ることができるのであって、逆もまた真なり、だ。つまり、お札と一緒で切っても切り離せないものなんだ。切り離してしまうと、それはもうおカネではなくなってしまうのだよ」 「高校を卒業してから、ボクは簿記の専門学校に行ったんだけど、そのときに仕訳っていうのを習ったんだ。たとえば、ある会社が銀行から二百万円を借りたとすると、左側の(借方)という欄には(現金/二百万円)と記入して、もう一方の――右側にある――(貸方)には(借入金/二百万円)と記入する。こういうふうに整理をすると、銀行から二百万円を借りたという事実が、借方から見れば会社に二百万円が増えたというのと、貸方から見れば会社は二百万円の借金がある、と二つの現象としてみることが出来るんだ。ジョナサンが言っていることって、これに近いの?」 「なかなかいいぞ。それが現象に対する見方だとすると、一日には夜と昼があるのだけれども昼のほうのことを考えていても良いし、おカネの表面ばかりを見ていても良いことになる。会社に二百万円が増えたぞというのも又、然りだ。ただし、その反対側には夜があり、裏があり、借金があり、だ」 「つまり、ポジティブな面に目を向けるって、ありもしない御都合主義なことを考えるのではなくて、実際、起こっている事柄にあるポジティブとネガティブな面のうちのポジティブな現実面に目をやるってことなんだね」 「その通りだ。君が彩香のことを心配していることに対しての意識の持ちかたも、そういった考え方で捕らえていけばいいんだ。でも、断っておくが、私はプラス思考がいけない、と言っているわけではないのだよ」 その日のボクは、なぜだかいつもより、ゆったりとした気分で眠ることができた。 緑がどこまでも続いていくような広大な敷地。大きな木の陰では、リスたちがはしゃぎまわっている。きれいに舗装された道をしばらく行くと、精彩に施されたエジプトの図柄の壁がまぶしかった。 古代エジプト大学アメリカ校の校舎は、そんな敷地内のほぼ中央にあった。大学を囲むようにして、博物館があり、他の研究施設があったりと、かなりの規模だ。 受付で、ホテルのオーナーの紹介状を見せて、メルス教授への面会を求めた。封筒の裏にあるオーナーの名前を見るや、ブロンドヘアの受付嬢は、すぐさまメルス教授に内線をして、ボクたちを彼の部屋まで案内してくれた。 「あなたたちは、ラッキーだわ。教授はいつも忙しいから、なかなか人とは会われないの。紹介状のおかげですね」 「教授はそんなにお忙しいのですか? 発掘か何かの準備でも?」 ジョナサンの質問に、彼女は軽く鼻を鳴らして「教授が発掘ですってェ。違います。教授は炎天下が大の苦手なのです。忙しいのは研究分野が広すぎるからです。要するに、何にでも首をつっこんで実証していく性格でして。ちなみに、今はエジプシャン・マジックを否定する実験に没頭しているみたいですが。あっ、結構、分裂気味で癲癇質な方ですから、注意してくださいね」 ジョナサンの逐次通訳に、要するに変わり者なのだ、とボクは理解した。 コンコンとノック。何も返事がなかったが、三秒ほど待つと彼女はドアを開け「お連れしました」と、ボクたちを通してくれた。去り際に”Good luck!”と、ボクにウィンして彼女は去って行った。 カーテンが閉めきられている。薄暗い部屋の中央に、白髪の男がいた。真っ白なローブに身を包んでいる。頭には、紐でくくった白い布切れらしきものをつけ、長い棒を持ち、呪文めいた言葉を唱えていた。 床に描かれた丸い円の中には、ロウソクが何本か立てられていて、炎が怪しく揺れている。 “Excuse me, but…” |
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ジョナサンは、やれやれと両肩を上げた。 それにしても、なんで魔術に効果がない実験なんてしなくてはならないのだ? メルス教授は、眉をひそめた。「なら、何しに来た? 誰じゃ、君たちは?」 「先ほど受付から内線があったでしょう?」 「姪御のイブが来たと言ってきたから、通せと言ったのは覚えておるのじゃが……。イブの意味を答えられるかな、わしの講義にしっかり出ていれば判るはずじゃが?」 「判りません。先ほども言ったとおり我々は、あなたの生徒じゃない!」 「ああ、すまんすまん。生徒ではなかったのか。なら教えてあげよう。イブとは古代エジプト語で“心”、“望み”、“知力”という意味がある。ほかに“心臓”という意味もあるがなァ。わしが名付け親じゃ」 「へえ、すごいですね。勉強になりました。教授、そろそろ我々の話も聞いていただけないでしょうか?」 怒りをかみ殺すような笑顔を、ジョナサンは浮かべた。 「そうじゃな。ところで君たちは、なぜここにおるのじゃ。そういえば、イブはどうした?」 変わり者というより、ボケているのではないだろうか? 「ふむ。確かにヒエログリフじゃなァ」 分厚いレンズのメガネを上げ下げしながら、教授は答えた。 「で、何と書かれているのですか?」 ジョナサンが急く。 「その者に……昔の言葉、正しい言葉を……教えよ、と書かれておる」 「昔の言葉、正しい言葉を教えよ、ですか……」 「うむ。それと、この文章の下に王の名前が記されておるみたいじゃが……」 「そこには何と?」 「ふむ……読めん」 あっさりと、投げ捨てるように言った。 「読めないって、あなたは教授でしょう? なぜ読めないのですか!」 「読めないというより、こんな文字はヒエログリフにはないと言った方が正確かのう。カルトゥーシュで囲んであるので、てっきり、ヒエログリフかと思ったのじゃが……」教授は眉間にシワをよせ「ヒエラティックでもデモティックでもないし……」と、ため息つき、イスに深くもたれた。 ヒエラティックとはヒエログリフを簡便に書くために出来たであろう崩れ文字で、デモティックとは、いまいち何の目的で使われたかよく判っていないが、末期王朝以降に使用された文字だそうだ。 ジョナサンの通訳を聞いて、ボクは「今までに発見されていないエジプトの文字なのではないのか?」と訊ねてもらった。 「残念ながらそれはない。むしろ、お遊びで勝手に作った文字といった方が可能性は高い」という答えだった。 「それに……」教授は呟いて言葉を繋げる。「よく見ると、これはカルトゥーシュではない」 「ええっ? イブはカルトゥーシュだと……」 「カルトゥーシュに似ておるが、ちょっと違う。ここの所をよく見たまえ。普通ならば、名前を丸で囲んでその後ろの部分に一本の線を引くのじゃが、これには両サイドに線が引かれておる」 結局、読めない文字については、何の回答も得ることはできなかった。 ボクは、彩香の携帯をしげしげと見つめる。これ―――携帯に刻まれている文字―――は、誰が描いたものなのだろう? ひょっとすると、単なるデザイン画に過ぎないのかもしれない。そういえば、日本でも一時期、携帯電話に絵を描くのが流行ったことがある。もしこれが、その手の類のものなら、ここに書かれていることは彩香の失踪と何の関係もない、ということになる。最初に書かれていた「その者に昔の言葉、正しい言葉について教えよ」という文章は、雑誌か何かからの引用で、カルトゥーシュもどきの円の中にある文字は、それを描いた人の単なる創作にすぎないかもしれない。そう考えるほうが正常のような気がする。ひょっとしたら、彩香自身がこれを気まぐれで描いたのかもしれない。ボクは、何を探偵気取りではしゃいでいたのだろう。 「あやか……」 ボクは、押し殺すように言葉を吐いた。 「アジャ・カア?」 そんなボクの声を聞きつけ、メルス教授は素っ頓狂に声をあげた。彼女の名を聞き違えたのだ。ボクが訂正しようとするよりも早く、教授は講釈を始める。「アジャは“正しくない”とか“ウソ”とかいう意味じゃ。カアは“魂”じゃ。判ったか?」 と、ジョナサンが――別にしなくてもいいのに――通訳してくれた。その通訳で、二倍落ち込んだ。 事情を知った教授は「一応、コピーは預かっておくよ」と机の引き出しにしまいこんだ。 礼を言って、ボクたちは古代エジプト大学アメリカ校を後にした。 構内の芝生の上では、相変わらずリスたちが、はしゃぎまわっている。 これよりこの先、どうやって彩香を見つけ出せばいいのか? 手がかりがなさすぎる。 考えてみれば、ボクとジョナサン以外、彩香を知る人はいないのだ。勤めていると言っていた美容室は、ウソだった。ウソをつくようなコだとは思いたくはない。だけど、事実は、ウソだったのだ。なぜ彼女はボクにウソをついたのか? ウソをボクにつく必要があったのか? 彼女は教授が聞き違えたアジャ・カアなのか? いったいどこに行ったんだ、彩香は? それに……。 そういえば彼女は、ボクと逢うまでは、何をしていたんだっけ? 思考が支離滅裂になってきた。次から次へと疑問や雑念が湧いてくる。いったい何がどうなっているんだ。 落ちつかなければ! 立ち止まり、目を閉じた。 ボクは、肩を意識した。 あがっている。 下げないと…… ヘソの下を意識し、そこから地球の中心まで一本のコードが繋がっていると想像した。 ジョナサンが静かに、囁く。「それでいい」 その状態のまま、ボクはしばらくの間、小鳥たちのさえずりに耳を傾けていた。 モーテルに戻ったボクたちは、ロサンゼルスに戻るべく身支度を始めていた。 「結局、何も得るものはなかったね、ジョナサン……」 力なく、呟くようにボクは言った。 聞こえているのだろうが、ジョナサンは返す言葉がないのだろう、黙っている。 考えてみれば、ジョナサンには悪いことをしたと思う。ただ、彩香と顔見知りだというだけで、ここまでつき合わせてしまったのだから。アメリカ人は、みんなこんなに優しい人達ばかりなのだろうか。いや、そんなことはないだろう。ジョナサンが、いい人なのだ。いい人とボクは巡り逢えたのだ。 ボクたち日本人にも、親切な人もいれば冷たい人もいる。人のことを親身になって考えてくれる人もいれば、自分の利益になることしか考えない人もいる。もし、ここが日本でジョナサンとボクの立場が逆だったら、ボクは同じようなことをジョナサンのために出来ただろうか? たぶん、出来ないだろう。 自分には出来ないことを人にしてもらっているのに、それを当り前のようなこととして受けている自分が、少し恥ずかしくなった。 そんな思いでジョナサンのほうを見ると、後ろ姿に切ないくらい締めつけられるものを感じる。 「ごめんね、ジョナサン」 囁くくらいの声で、ボクは彼の後ろ姿に言った。 と、その時―― ジョナサンが急に振り返る。「我々は、何も掴めていないことはないかもしれない、ミスター森岡」 「えっ、どういうことだい?」 「彩香は、充分にメッセージを残していった、と考えてみるんだ」 「考えてみろって……彩香が何を、どんなメッセージをボク達に残したって言うんだよ。彩香の携帯には、昔のエジプト文字で、ええっと……」 「その者に昔の言葉、正しい言葉について教えよ、と書いてあったではないか」 「書いてあったけど、それと彩香がいなくなったことと何の関係があるっていうんだよ?」 「関係がある、と考えてみると何か判るはずだ」 「ジョナサンは、自分で自分が無茶苦茶なことを言っていると気づいているの?」ボクは首を振った。「つじつまが合わないよ。ジョナサンが言っていることって彩香の失踪の鍵が、携帯に書かれた文字にあるってことなんだよ。それはつまり彩香が失踪する前に、彩香自身が何らかのヒントをわざわざボクたちに残して、それから失踪したってことになるんだよ。なんで彩香がわざわざそんな凝った事をしてから姿を消さないといけないの?」 「君は何をしにサンフランシスコまで来たんだ、ミスター森岡?」 「何をって、ヒエログリフ文字に彩香を探す手掛かりがあると思って、だよ」 「なら、君の考えていた手掛かりとはどういったものだったら、納得がいったんだい?」 「どういったものって、何て言うか、もう少し常識的なものといえばいいのかなァ。つまり……」 「そんなもの――君の言うような常識的な手掛かり――が、携帯電話に彫られた文字から判るとでも言うのかな? 我々が携帯電話に刻まれたヒエログリフを読み解くことによって、彩香の失踪のわけや居所を探り出そうという行為自体が、すでに非常識的な行為であったと言えないかい?」 「なら、何でジョナサンは……まさか、初めから……」 「初めから、と云うわけではなかった。だが、私には、だんだん感じられるようになってきたのだよ。今回のことは、君の言葉でいう非現実的なことだってね。それはきっと私の祖母の血が教えてくれたのだと思うが」 「祖母の血って、いったいどういう意味なの、ジョナサン?」 「ミスター森岡」彼は、一呼吸おいて言った。「実は、私はシャーマンの血を引き継ぐ者なのだよ」
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