5 冒険への旅立ち(一番目の鍵)

翌日の夕方。

ボクたちは、ロスに戻ってきていた。

そして今、ボクはジョナサンの部屋にいる。

ということで、結局、修行をする羽目になったのだ。

「ねえ、ジョナサン。ボクはどれくらい修行をすることになるのかなあ?」

テーブルに腰掛け、素朴に疑問をぶつけてみた。

「一週間以内だ。その間に、君は彩香を見つけ出すこともできるはずだ。ただし君が私の教えを正しく理解し真剣に実践すれば、の話だが」

ジョナサンはスパッと言い切った。

一週間我慢すれば、ボクは彩香を見つけ出すことができるのだ――要は発想の転換だ、と割り切ることにした。そして期間の短さに呆気なさと喜びを感じた。但し――が、ついていたが。

ジョナサンがボクに何を教えようとしているのか、どんなことをボクはしていかなければならないのか、という不安が多少あったが、今はとにかく彼について行こうと決めた。それ以外にボクには、当てがないのだから。

「君は私から、七つの鍵を受け取ることになる。そのうちの一番目の鍵はもう既に君に渡しているから、あと六つ。一日ひとつずつマスターしていけば一週間もかからない」

「一番目の鍵を、既にボクは持っている?」ボクは首を傾けた。「そんなものは知らない。もらった覚えもないよ」

「いや、君はもう知っている。エジプシャン大学の庭でも、君はそれを実践していた」

「――って、あのリラックスの仕方のこと? あれが一番目の鍵なのかい? あんな簡単なことが……」

「私の教えはシンプルだ。シンプルだが、身に付けるには時間がかかる。真理にそった偉大な教えはシンプルなものだ。だが、人はいつも偉大な教えから遠ざかってしまう。その人たちは、偉大な教えなのだからもっと複雑なはずだ、と決め込んでしまうからだ。真理も人生も、実はとてもシンプルなのだ。人々がそれを複雑にしているだけにすぎないのだ。しかし、シンプルゆえに、人によっては一生かかっても完全に自分のものに出来ない人もいる。今の君もそうだ。やり方を知ってはいるが、相変わらず肩に力が入っているし、大地とも繋がっていない。シンプルな教えを侮ってはいけない」

と言われ、自分の肩を意識すると力が入っていた。

「あの体勢は、意識しなくても一日中出来ているのが理想だ。どんな時でもあの体勢がとれるようになったら、体勢をとらずとも、その状態でいられるようになる。それゆえに最初のうちは気がついたときは、いつも大地と繋がる体勢をとるように心がけることだ」

ジョナサンが語っている間に、ボクは大地と繋がる体勢をとりなおした。それに気づいて彼は「もう一度おさらいをしておこう」と語りだした。

「初めのうちは目を閉じてやったほうが、やりやすいかもしれない。

まず、両肩に意識を集中させ、力を抜き去る。力の抜き方が判りにくいようだったら、一度おもいっきり肩を上げて力をこめ、それからいっきに脱力すると力が抜けている時のコツをつかむことができる。

つぎに肩の力を抜いたまま、腰骨を真っ直ぐに立て、意識をヘソの下あたり――丹田――にもっていく。丹田から、意識を更に下のほうに降ろしていき、生殖器と肛門の間から一本のコードが地球の中心まで伸びている、と想像してみる。丹田と大地としっかりと繋がっているとイメージするんだ――それを充分に感じとれるまで。

これが大地と繋がるテクニックだ。イスに座りながらでも、立ちながらやっても、どちらでもいい。どこでやってもいい」

ボクはジョナサンの話を聞きながら、大地と繋がっていた。彼は更に、大地と体を繋ぐポイントは丹田であることを間違えないように、と強調した。それから出来るだけ戸外でこの体勢をとることを心がけるように、とも付け加えた。

早めに夕食を済ますと、ボクはジョナサンに戸外で大地と繋がることをしてみたいと言った。ジョナサンは満足そうに微笑んだ。

近くの広場で、ボクは大地と繋がろうとした。そう思った刹那、地平線すれすれの大きな夕日の暖かさが、ボクの体に伝わってくるのを実感。大地のエネルギーが、ボクの体を包み込んでいるのが判る。夕焼けの美しさ、あかね色に染まった雲を運ぶ空――なにもかもが美しい、と素直に思えると同時に、言葉に出来ない感動が体全体に広がってきた。

ジョナサンの囁きの声。「大地は父でもあり、母でもある。その大地にしっかり足をつけて繋がり、父と母に生かしてもらっていることを実感し感謝するんだ。大地と共にいれば、自然が色々なことを教えてくれる。今の感覚を覚えておきなさい……」

ボクは、ゆっくりと大きく頷いた。

帰り道、空を見あげると、幾つかの星たちが輝き始めていて、いっそう気持ちを清しいものにしてくれた。だが、部屋に戻り、キッチンの冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して飲み干した時、気がつくと、さっきの感覚はどこかに行ってしまっていた。急いでその場で大地と繋がろうとしてみる。リラックスは出来たが、あの時の感覚は甦ってこない。そのことをジョナサンに言うと、彼は小さく笑って「あの時は、私が力を貸したからだ」と答えた。

「やがて自分の力だけで、本当に大地と一体になることが出来る。だが、その感覚がどんなものなのか、最初に少しだけ感じさせてあげようと思って力を貸してあげたのだよ。練習の励みになるだろう? 本当に自分の力で繋がった時の実感は、もっとすごいものだがね」

少しがっかりした。というのも、そのことを聞くまでボクは、かなり飲み込みが早い、と自負していたからだ。

ボクは、ジョナサンはいつもボクがさっき体験したような状態でいるのか、と質問した。

「いつでも、というわけではない。時には私も繋がりが薄くなっているときもある。だが、気づいた時や、必要な時は、すぐに繋がることが出来る」

そう答えると、おもむろに立ち上がった。「シャワーを浴びてから、これから渡していく鍵について少し話をしてあげよう」

ジョナサンは鼻歌まじりでバスルームへと向かった。

鍵、と聞いて、ボクは色々なことを考え始めだした。すっかりジョナサンのペースにはまっていることや、一番目の鍵の単純さ、とかを……。だけど、残りの六つの鍵とは、いったいどんなことをするのだろう? よくよく考えてみれば、彼はシャーマンなのだ。そのシャーマンという言葉の響きと共に、大きな目玉に顔面が通常の五倍ほどある仮面や、「はっ!」とか言ってドンドコ叩く太鼓にあわせて踊る自分の姿をいつの間にか想像していた。薄くなった髪をタオルで拭きながらバスルームから出てきた彼に、そのことを話すと、彼は大声を出して笑いだし「もし君が望むなら、仮面をつけても、太鼓を鳴らしてもいい。確かに私はシャーマンなのだから。だが、ああいった儀式や踊りは、それがその人にあっている場合――特に病の治療を行う場合――には、暗示的な効果を期待して用いることもあるが、君には適していない。我々シャーマンは、常に適切なものを用いて、人を導いたり病を治す手助けをするのだ。野蛮な儀式だと言われようが、変な踊りだと言われようが、それがその人に適しているならば、なんだってする。君には、君に合うように、鍵という表現を使って、現代風にまとめて教えるつもりだ」と言って、ボクの肩に両手をポンと置いた。

また、肩が上がっている。ボクはジョナサンを見あげ、少し照れ笑い。

暗示的な効果を期待して――というジョナサンの言葉で、ボクはアメリカに来る時に飛行機の中で起こった腹痛のことを思い出した。考えてみれば、あれもシャーマンの技術のひとつだと言えるのではないだろうか? 実際、ボクはあの時、ジョナサンの暗示薬のおかげで腹痛が治ったのだ。治るのだったら、彼の言うとおり、偽薬であろうが、儀式であろうが、それはそれでもいいかも知れない。

「残る六つの鍵を君に渡す前に、鍵について少し説明をしておこう。

鍵は扉を閉めるという働きと開けるという働きをしてくれる、ということは判っているね。君は、君が――子どもから大人になっていく過程において――気づかないうちに心の扉に鍵をかけてきたんだ。私が君に渡していく七つの鍵は、その扉を開けるためのものなんだ。鍵を使って閉ざされた扉を開けていくことによって、君は本来の君に戻っていくことが出来る、というわけだ」

どうしてボクは子どもから大人になるにつれて心の扉に鍵をかけてきたのか、という問いに、ジョナサンは「怖れからだ」と説明した。彼の話によれば、その時その時、人が成長する過程においての経験は――正しい認識がないと――往々にして怖れの感情を生み出すと言うのだ。子どもの頃から経験してきた恥ずかしかったことや、辛かったこと、悲しみ、嫉妬、ねたみ……などが扉を閉ざし鍵をかけていくのだそうだ。そういった怖れの感情が――顕在的であれ潜在的であれ――起こると、心の扉が閉まり鍵がかかるのだ、と説明した。

恥ずかしかったことや、辛かったこと、悲しみ、嫉妬、ねたみ……などが、どうして怖れになるか理解できずにいると、彼はそれを察して語り始めた。

「それらの感情だけがすべてではないが、その時その場において起こっていることを素直に受け止められないことが、扉を閉ざすということをしてしまうんだ。自分自身に起こっている現象を素直に受け止められているときは、そういった――怖れという――感情は起こらない。それゆえに鍵を使って扉を開けていくんだ。今は私の言っていることが理解できないかもしれないが、おいおい詳しく話していくつもりだ。もう、夜もおそい。シャワーを浴びて寝なさい」