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ジョナサンから教わった二番目の鍵は、瞑想だった。一連の方法を教わり、ボクは自分の部屋でそれを試みたのだが、いざ目を閉じてみると、前の道を行く車の騒音や、子供たちのはしゃぎ声が気になって、瞑想に集中できない。そのことを彼に訴えると「それならマンションの裏山に登って、やってみてるかい?」と提案してくれたので、大きく頷いた。 裏山は、木々の緑の香りが漂う美しい場所だった。小さな池まである。 ボクは、ここでなら落ちついて瞑想ができそうだ、と告げた 「私はあそこの木の下で昼寝でもしておくので、終わったら起こしてくれ」 そう言って、ジョナサンはさっさと眠りにつく。 ボクは比較的、平らな場所を見つけて座ると、彼から教わった印を組んで目を閉じた。 だが、いざ座ってみると、小鳥たちの鳴き声や、風に揺れる木々の葉がこすれあう音が気になって、瞑想どころではない。 五分ほど我慢してみたが、やはり気になるものは気になる。一度目をあけ、大きく息を吐きだし、気を取り直して目を閉じてみたが、やはりうるさい。そして、再び目を開けては閉じ、また開けては閉じての繰り返し。なかなかジョナサンが言っていたようなゆったりとした気分にはなれない。ついに、たまらなくなって、ボクはジョンさんを揺さぶり起こして、そのことを訴えた。 「それならサンタモニカビーチにでも行って試してみるかい?」と大きくあくびをしながら言うので、そうすることにした。ここから車でニ、三十分の距離らしい。おんぼろシボレーに乗り込み、ボクたちはサンタモニカ・フリー・ウェイを西へ。 何本ものパームツリーが立ち並ぶ道を突っ走ると、抜けるような青空が視界いっぱいに広がった。シボレーを降り、ローラースケートを楽しんでいる人たちの通りを横切る。陽射しに輝く、広い砂浜が現れた。 海岸に着くと、驚いたことに砂浜でレゲエ風の人たちが瞑想をしていた。落ちついた表情をしている。ボクは、ここでならできそうだ、と彼に言った。 「彼らの近くでやってみたらどうだい?」 「少し恥ずかしいなあ。誰もジョナサンが教えてくれた印を組んでいる人もいないし……」 「なら、印を組まずに、彼らみたいにひざのあたりで手のひらを上向きにしてやってみればいい。みんな目を瞑っているから君を気にはしないだろうけど……。私はあそこの木陰で昼寝の続きをするから、終わったら起こしてくれ」 そうすることにした。 だが、いざ座ってみると、波の音や、ローラースケートの音、通り過ぎる人たちの話し声が気になって、なかなか集中できない。すぐにイライラしだして、ボクは心の中で、周囲の状況に文句をつけだした。そして、五分もしないうちに、ボクはジョナサンを叩き起こし「周りがうるさすぎる」と苦情を申し出た。 彼は目をこすりながら伸びをし、ボクを見つめて言った。「一番うるさいのは君の頭の中じゃないのかい?」 「へっ?」 「本当に周りがうるさいのか、それとも君の雑念がうるさいのか、どっちなんだい?」 と訊かれて、答えに窮す。 彼はボクの手を引いて、波間の近くまで連れて行った。「瞑想をする前までは、この波の音が気になっていたかい?」 「気には、なっていなかった……と、思うよ」 「それなら、さっきから私と会話をしながら、同時に、波の音や人の会話が聞こえていたかい?」 「聞こえてなかった……と思う」 「なら、それは周りがうるさいから集中できないのではなく、君が周りに集中しているからうるさく思っただけではないのかね? そして、うるさいと思うことにこだわり続けていたのだ」 言っている意味が良く判らない、といったボクの表情を見てとり、ジョナサンは説明をフォローした。「つまり、意識するところを間違っているのさ。自分の外側に注意するのではなく。内側を意識するんだ。座ったら腰骨を伸ばして、丹田と大地とを繋げる。これは一番目の鍵と同じだ。充分に大地との繋がりを感じ取れたら、次に、吐く息に合わせて丹田から地球の中心に意識を下ろし、吸う息と一緒に意識を丹田に戻す。これにあわせて、吐くときに数を五十までかぞえなさいと言ったね? それから胸に意識を持っていき三十回、次に額で二十回かぞえたあと、しばらくそこにとどまる。そうやってみたかい?」 「やろうとしたけど、数をかぞえようとすると周りがうるさくなってきたんだ。だからそっちに気が取られて……」 「うるさくなってきても、雑念が出ているなと感じても、とにかく五十回かぞえてみるんだ。五十が大変なら、三十回でもいい。それでも気が散るようだったら、二十回かぞえ終わったら瞑想をやめて、それから気にすることにしてみよう、と思えばいい」 ここに来る前マンションで、ジョナサンは「心と体を、大自然と共鳴させることが、瞑想なのだ」と教えてくれた。それから「ある種の祈りや、沈黙もそれと同じだ」と語った。 ジョナサンの説明を再度聞いて納得し、ボクはもう一度瞑想を試みることにした。五十回かぞえるのはしいどそうなので、三十回にしてみよう。 片足を反対の太ももにのせる半跏趺座ですわり、背筋を伸ばし腰骨を立て、右手の上に左のてのひらを重ね、左右の親指の先をくっつけ円を作る――そして、ボクはまぶたを閉じた。 今度は比較的うまくいきそうだ。三十をかぞえる頃には五十までいけると確信した。 五十までいくと、さっきまでとは違い、まわりのことが気にならなくなった。波の音が聞こえても、それが気にならない。 次にボクは胸元に意識を移し、三十まで数をかぞえあげ、額に意識を移した。 その刹那―― 光が、ボクの目の前を襲った。目を閉じているにもかかわらず、どこから来たのか、今まで見たこともないようなまばゆい光だ。ボクは驚きのあまり目を開けようと試みたが、できたかった。体が金縛りにあったように動かない。だが恐怖心はなかった。 そして光は次第に薄れ始め、ボクは、あるヴィジョンの中へと引き込まれていった。 王子が待つ神殿。そこは、第二の試しの神殿と呼ばれている所だった。 凛々しく美しい、幼き王子――彼が立つ祭壇の周りには、白い法衣に身を包んだ僧侶たちが立っている。 王子が、口を開いた。 「祝福を受けた選ばれし者よ。今こそ汝に言葉を授けよう――遥か昔、大いなる大陸より受け継がれてきた神聖なる言葉を。汝はこの言葉を我より受け継ぎ、神の意に叶う然るべき者に伝えんがために選ばれたのだから。 まもなく、この国にから神はいなくなり、代わりに悪魔の名が神として呼ばれ始める。 “生命の神の似姿”と称えられている我が名は、彼らの力に屈し、“悪魔の姿容”と名を変えさせられ、王位を継がねばならぬほどに、彼らの力はこの国を凌駕しはじめた。 ゆえに選ばれし者よ、汝は、我より受け継ぐこの言葉を、神の意に叶う者が生まれ、彼がこの国から神の祝福する土地へと向かう時に受け継ぐまで、把持せよ。それが汝に与えられた使命なのだから」 幻覚にも似たヴィジョンだった。ボクは静かに目を開けた。その瞬間に、これは昨日の夢の続きだ、と確信した。背景から考えるに古代のエジプトだ。というより、エジプトである、と直感的に判った。 いったい、どういうことだ? 疑問が起こると同時に、鼓動が高鳴る。胸元が気になり、ボクはブラウスの右ポケットをさりげなく見た。そこに彩香の携帯をいつも入れている。無意識的にポケットから取り出そうとすると、予想しがたい現象が起こった。 彩香の携帯が、鳴ったのだ。 |
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